カサンドラの人に「頑張れ、理解しろ」はあり得ない

(本編から外れた余談です)

 

最近ブログの更新の手が止まっています。ごめんなさい。
続きを書きかけているのですが、そこは私がもっとも辛かった時期で、日記を読み返しているだけでつらくなってきてしまい、体が拒否反応を起こしています。

あの頃のことを思い出し、どういうことだったのかを考え直し、いろんな方に誤解なくわかってもらえるように言葉を選ぶ、という作業が今は私にとって苦しさのハードルが高すぎるんですね。

ああ、あのころ私の心は本当につらかったのだな、と改めて思います。

 

でもこんなときの自分への慰め方を、私は学習しました。
『無理なら別にやらなくてもいいんだよ、大丈夫』
そう私は自分に言い聞かせます。
無関心な夫の横で、ひとりで何もかも背負い込んでたとき、身につけたスキルです。
心の健康を犠牲にしなければならないほどのことなんてこの世にない!ですから。

でも…

伝えるのを諦めてしまうと、それはそれで悔しい。
カサンドラの私たちはみんな、一人で傷ついて、孤独に悩んでいるのに、手を差し伸べてくれるところがない。
発達障害者には全国に支援センターもできたのに、カサンドラ症候群当事者の情報はまだまだ世の中に少ない。
それどころか、カサンドラ症候群を認めようとしない専門家もいる。
信じがたいことに精神科医から「もっと頑張って支えてあげましょう」とすら言われることがある
まるで血がダラダラ流れてるのに刺されに行きなさいと言われてるよう
悔しい。こんなことあってはならない、こんな状況を次の世代に引き継ぎたくない、と思います。

 

 

先日、ちょっと知り合いの心理士にこの話をしてみました。

「私は発達障害自体は仕方のないことで、憎むべきことだとは思いませんが、周りの人の心を傷つけておきながら自覚も持とうともしない人にはやっぱり怒りを覚えるし、許す気にはなれません。しかし、なぜ一部の精神科医や専門家はそれに対し『頑張って理解し、支えてあげましょう』だなんて言うのでしょうか。私自身がつらくて受診しているのに、さらに辛くなることを勧められるなんておかしくありませんか」

これに対し、心理士の方はこう話してくれました。

「それは私もおかしいと思います。一般に言えるのは、(発達障害者など)そういった人たちに話をしても結局わかってはもらえないので、どうしても話の分かる人に話をする、ということがあります。でも、もちろんそんな話、到底聞き入れられないよ、ということもあると思います。その場合は話半分でいいんです。全部まじめに聞かないで、あんなこと言われたと聞き流せばいいんです。正直、精神科医などは言い方がキツイ人多いです。私も含めてこの世界の人は気を付けていかなければなりません…」

とても良心的な答えにホッとしました。そして私もこんなふうに話を続けました。

「そうなんですか。いえ、あなたのような方は大丈夫ですよ。ただ、お医者さんの言葉なので、患者の立場としてはやはりとてもまじめに受け取ってしまいます。でも、私自身はもうどうしてもギブアップなんです。(発達障害者)本人のことより、自分自身が危ういのに、頑張るなんてありえません。そういうのはダメなんでしょうか」

「いえいえ、ダメじゃないですよ。私もこういう仕事をしていて、ご家族が悩んでらっしゃるのに(発達障害者)本人が改善しようとせずダメだと判断したときは『全力で逃げてください!』と言ってしまいます。ただ立場上、離婚したほうがいいですなどとは言えないのですが、明らかにそうすべきと思われる場合は、徐々にそちらの方向にもっていくように仕向けたりもしますよ。」

この心理士に話をしてみてよかった、と思いました。

 

お医者さんといっても精神科医は相手の傷口が目に見えるわけではないので、一定の基準に基づいて判断していくしかないのだろうなと思います。
そしていろんなところで言われてるように脳についてはまだまだ解明されてない部分が多いのでしょう。精神科医、心理カウンセラー、などと言っても、内科や外科ほどには進んでいない世界なのでしょう。

とはいえ、カサンドラ症候群で心が弱っている人に「頑張れ、理解しろ」は絶対にありえないと思います。

その言葉は、真面目に努力してきて最終的に病んでしまったカサンドラの人たちの心を、どれほど傷つけるか、考えてほしい。

患者を傷つける医者なんて、医者の資格ない、と私は思います。

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